ランダム行列のトレースと期待値の可換性


ランダム行列のトレースの期待値は、行列のトレースを取った後に期待値を計算することと、期待値を取った後にトレースを計算することが等しいという性質を持っています。

E[Tr(A)]=Tr(E[A]).\mathbb{E}[\text{Tr}(A)] = \text{Tr}(\mathbb{E}[A]).

この性質は、トレースと期待値がともに線形演算であることに基づいています。

トレースと期待値の定義

トレース (Trace) は行列の対角成分の総和として定義されます。具体的には、n×nn \times n 行列 A=[aij]A = [a_{ij}] のトレースは次のように表されます:

Tr(A)=i=1naii.\text{Tr}(A) = \sum_{i=1}^{n} a_{ii}.

期待値 (Expectation) は確率変数の平均値を表します。確率変数 XX の期待値は次のように定義されます:

E[X]=xxP(X=x),\mathbb{E}[X] = \sum_{x} x P(X = x),

ここで P(X=x)P(X = x)XX が値 xx を取る確率です。 ランダム行列 AA の期待値は、各要素の期待値を取ることで計算されます:

E[A]=[E[a11]E[a12]E[a1n]E[a21]E[a22]E[a2n]E[an1]E[an2]E[ann]].\mathbb{E}[A] = \begin{bmatrix} \mathbb{E}[a_{11}] & \mathbb{E}[a_{12}] & \cdots & \mathbb{E}[a_{1n}] \\ \mathbb{E}[a_{21}] & \mathbb{E}[a_{22}] & \cdots & \mathbb{E}[a_{2n}] \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ \mathbb{E}[a_{n1}] & \mathbb{E}[a_{n2}] & \cdots & \mathbb{E}[a_{nn}] \end{bmatrix}.

証明

トレースと期待値の可換性を示すために、まずトレースの線形性を考えます。行列 AA のトレースは次のように表されます:

Tr(A)=i=1naii.\text{Tr}(A) = \sum_{i=1}^{n} a_{ii}.

期待値を取ると:

E[Tr(A)]=E[i=1naii]=i=1nE[aii].\mathbb{E}[\text{Tr}(A)] = \mathbb{E}\left[\sum_{i=1}^{n} a_{ii}\right] = \sum_{i=1}^{n} \mathbb{E}[a_{ii}].

ここで、期待値の線形性を利用して、トレースの期待値は各対角成分の期待値の和になります。 次に、期待値を先に計算してからトレースを取ります。行列 AA の期待値は次のように表されます:

E[A]=[E[a11]E[a12]E[a1n]E[a21]E[a22]E[a2n]E[an1]E[an2]E[ann]].\mathbb{E}[A] = \begin{bmatrix} \mathbb{E}[a_{11}] & \mathbb{E}[a_{12}] & \cdots & \mathbb{E}[a_{1n}] \\ \mathbb{E}[a_{21}] & \mathbb{E}[a_{22}] & \cdots & \mathbb{E}[a_{2n}] \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ \mathbb{E}[a_{n1}] & \mathbb{E}[a_{n2}] & \cdots & \mathbb{E}[a_{nn}] \end{bmatrix}.

トレースを取ると:

Tr(E[A])=i=1nE[aii].\text{Tr}(\mathbb{E}[A]) = \sum_{i=1}^{n} \mathbb{E}[a_{ii}].

このように、トレースと期待値の順序を入れ替えても結果は同じになります。したがって、次の等式が成り立ちます:

E[Tr(A)]=Tr(E[A]).\mathbb{E}[\text{Tr}(A)] = \text{Tr}(\mathbb{E}[A]).

\square